[第28回] 『経営は総合格闘技 〜多面的な思考の必要性〜』

2024/04/3011:35101人が見ました

〇住宅性能での差別化には限界がある? 

 ここ数年で住宅の高性能化がかなり進んできました。ほとんどのハウスメーカーや工務店がUA値やC値といった断熱性能、また耐震性能を強化して住宅の高性能化の取組みを強化しています。断熱性能はHEAT20GⅡグレード(または断熱性能等級6)以上を、また耐震性能も等級3を主な性能の基準として考えている工務店が多くなっています。総合的に考えてこれはとても良い傾向だと思います。夏場の気温が40℃前後になるような状況を考えると、住宅の断熱性能を上げていかに省エネルギーで生活できるかが、夏にも冬にもベターな家づくりになってきていますし、これだけ強い地震が頻発しているなかで耐震性の強化は疑いようもないことです。

 私は住宅性能の専門家ではありませんが、お客様側も住宅性能については当たり前のようにご存知ですので、本質的な家づくりの観点に加えマーケティングや経営戦略の観点からもコンサルティングのご支援をする際にはこの基準をクリアすることをお勧めしています。寒冷地では温暖な地域と比べて求められる住宅性能の基準が高く住宅価格にも影響が出ているのは確かですが、各地方自治体で補助金制度などもありますので今後取組みを強化されるのはマストだと考えています。

 このように住宅の高性能化がある意味普通になってきたことは業界にとっても大変良いことなのですが、考えるべきはこれからのことです。

 工務店経営者にとって、経営の観点、また総合的な家づくりの観点から、以下の2つの選択肢に集約されるのではないでしょうか。

 ⑴さらに住宅の高性能化を進めHEAT20GⅢグレード(断熱等級7)を目指す
 ⑵住宅性能はある程度クリアしたと考え別の観点から差別化を図る

 私は、住宅性能をさらに強化する⑴の手法も有りだと考えていますが、特に温暖な地域ではさらなる住宅の高価格化なども課題になると考えており、基本的には⑵を実践することが必要だと考えています。

 

〇『何によって憶えられたいか』 

 これはピーター・F・ドラッカー先生が生涯を掛けて導き出した7つの教訓の一つです。住宅性能で憶えられたい工務店はさらに高性能な家づくりを選択するべきだと思いますし、それによって地域で不動の座を得ることも不可能ではないでしょう。ただし、工務店は住宅性能だけでは成り立たないことも確かです。

 特に地域工務店が考えておくべきこととして、大きく下記のようなことがあると考えています。
 ⑴住宅性能
 ⑵使用する素材
 ⑶施工品質
 ⑷アフターメンテナンス体制
 ⑸人材の採用・育成
 ⑹労働環境
 ⑺設計・デザイン
 ⑻財務体質
 ⑼組織風土
 ⑽ビジョン
 ⑾マーケティング
 ⑿ブランディング
 ⒀地域特化
 ⒁事業構想
 ⒂事業承継

 これらの要素は複雑に絡み合っています。例えば住宅性能が最高等級であっても財務体質が脆弱な場合、企業の存続が問題になってきますし、ブランディングが出来ていても施工品質が悪いと顧客の不満足につながります。何によって憶えられたいかを研ぎ澄ませるために、上記(だけではないと思いますが)の要素をブラッシュアップさせていく必要性があるのではないでしょうか。全体を見ながら部分を強化する、また全体を見る、を繰り返すことによって確実に経営品質の向上につながります。

 ところで、前述のドラッカー先生の言葉については自身で3つの気づきを遺されています。
 ⑴「何によって覚えられたいか」を自問しなければならない
 ⑵問いに対する答えは、成長につれて変わっていかなければならない
 ⑶本当に知られるに値することは、人を素晴らしい人に変えること

 ここからは個人的な解釈も入りますが、外部環境の変化や顧客の要望、自社のビジョンに合わせて成長し何について憶えられたいかを常に考え続けることが重要なのではないでしょうか。

 工務店経営の進め方は無限で一点集中からの多面展開も、総合的・戦略的に進めていくことも可能です。今ある経営資源を活用しどのように進めていくのか、詰め将棋のような戦略性が必要です。そして常に自問し、成長によって変化し、最終的にかかわる人を素晴らしい人に変えられるのが本質的な在り方だと考えます。

 

〇多面的思考の重要性 

 『何によって憶えられたいか』を実現するには『自社に欲しいものは何か』『他に必要なものはないか』『それを得るためにどのように進めていくか』といったことを多面的にとらえていく必要があると思います。例えば自社の理想とする家造りや組織の在り方を一言で表し、そこから考えていま何が必要であるかを検討することが重要でしょう。

 下記は多面的思考を図化したものです。それぞれが複雑に絡み合ってできていくものですが、まずは経営者の思考を整理してどこがポイントであるかを導き出してみることが肝要です。



 ※作成:ソルト青木隆行氏

 冒頭のタイトルで『経営は総合格闘技』としていますが、総合格闘技ではパンチやキックなどの立ち技や寝技、スタミナなどの総合力強化が求められます。また対戦相手の得意技などを分析してゲームの戦略を練るわけです。弱点なくオールマイティにこなすことも重要ですが、必殺の得意技も必要。これは経営の本質に係ることでもあると思います。多面的思考とは『木を見て森を見ず』ではなく常に『木も森も見る』ということであり、これらをより具体的に考え、最初はスケジュールや目標を立ててそれらをしっかりクリアしていくことが重要です。

 地域工務店は営業・設計・工事など各職種でスペシャリスト(専門家)を作りやすい環境にありますが、一方で全方位的に物事を考えられる経営者的な人材が育ちにくいとも言えます。これからはVUCAと言われる不確実な時代の潮流を読み自社改革を戦略的に推進できる多面的思考の持ち主がより必要になると感じています。

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